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弁護士田島正広の“立憲派”ブログ

田島正広弁護士が、注目裁判例や立法動向、事件などを取り上げ、法の支配に基づく公正な自由競争社会の実現を目指す実務法曹としての視点から解説します。

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閣議決定による集団的自衛権行使容認への反対意見~立憲主義・ガバナンスのルール

政府は閣議決定をもって集団的自衛権行使容認を前提とする自衛権に関する要件解釈を変更しました。その論拠は必要性ということのようです。国際情勢の逼迫ということでしょう。

私は,我が国を取り巻く国際情勢とそこでの軍事的な相互安全保障の必要性を否定する者ではありません。必要性論議に関する限り,理解はしたいと思います(※)。

しかし,必要だからやる,では歯止めにはなりません。必要性を前提として,どのようなガバナンスを考えるか,特に国民主権の下,民主的なコントロールのあり方をどのように考えるかが非常に重要なのではないでしょうか。そこは法律で具体化すると政府は考えるのでしょうが,いったん恒久法化したら,あとは個別国会承認を必要とせずに,閣議決定だけで集団的自衛権を行使するというのでは,コントロールとは名ばかりで,丸投げに等しいでしょう。そのような包括委任を先の国政選挙で問われた覚えは誰にもありません。戦闘行為に参加するわけではないと,いかに安倍首相が答弁しても,自衛権行使要件自体に「わが国の存立が脅かされ,国民の生命,自由,幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合」という解釈の余地のある文言が存在し,事後的に拡大解釈の余地が残るとなれば,どこまで戦争に参加することになるのかについての限界は不明と言わざるを得ないのです。この点は,これまでの個別的自衛権論議の場面と比較すれば分かりやすいのですが,個別的自衛権が前提とする我が国に対する攻撃の場合には,領土・領空・領海において一義的に明確な一線を画すことができるのに対して,「我が国と密接な他国への攻撃」の際に「国民」の生命等への明白な危険が発生する場面となると,例えば,911テロの際に多くの国民が巻き込まれた我が国は,その明白な危険を受けたものと見る余地は多分にあることでしょう(我が国の存立が「脅かされる」というのがどの程度の事態なのかは甚だ不明です)。となれば,アフガン戦争を個別的自衛権行使として戦った米国に対し,集団的自衛権の名目で追随することが,「憲法解釈上」許されるということにもなることでしょう。

また,実際に有事が起こり,集団的自衛権を行使したとしても,政治的批判はあるにせよ,その責任を問うための明確なルールは存在せず,政府は何ら揺るぎのない地位を維持することになります。それでよいのかが私の最大の問題提起です。

私は,ガバナンスのルールを定めるに当たり,立憲主義を最大尊重すべきと考え,憲法改正を正面から議論すべきと考えます。そして,その際には,民主的コントロールを実効化するための手続として,自衛権行使に関する事前,または緊急時には行使後一定期間以内の事後の国会承認を憲法で要件化すべきと考えます。国会の承認が得られない場合には,内閣不信任案可決と同様に扱い,内閣総辞職または衆議院解散総選挙とすべきです。なるほど,民意は熱しやすく冷めやすいかも知れません。激情的になりやすい要素もあります。ですが,そうであればこそ,一定期間の中での国民に対する真摯な説明と説得があってよいはずです。

これまでの安倍内閣のこの問題に対する対応は,96条先行改正論に始まり,それが世論に阻止されるや,閣議決定だけで対応できる解釈改憲と進んできました。ここからは,集団的自衛権行使の必要性を前提にするとはいえ,国民的議論や批判をかいくぐり,厳しいルール設定を免れようとする意図が見えるように思います。私のような改憲派ですら反対せざるを得ないその意図に,私は失望しています。


※なお,尖閣諸島に対する中国の脅威をいうなら,それは我が国においては個別的自衛権と武装した民間人への対処の問題であって,集団的自衛権の問題ではありません。我が国が集団的自衛権を行使する解釈を取ったからといって,米国が尖閣有事の際に集団的自衛権を行使してくれるという保障が得られるものでもありません。
   
                                       
弁護士 田島正広

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解釈改憲は軍事力行使への民主的コントロールを希薄化させるもの

集団的自衛権行使容認に関する政府の憲法解釈変更論議については,高村試案が議論されている状況です。ですが,そもそも,なぜそのような要件論を憲法改正によって導入しようとしないのか,私は重大な疑問を有しています。

以前にも書きましたが,時の政府がいかようにも乗り越えられる壁は歯止めとは呼べないものです。閣議決定は,その時点の政府の判断で行うことのできるものであり,いくら安倍首相が限定された類型でしか集団的自衛権を行使しないと答弁してみても,次の内閣が別に閣議決定すればいいだけの話です。

閣議決定を前提に,個別法が制定されるのでしょうが,最大問題となるのは,国会による民主的統制の手段です。私はそもそも,個別的・集団的の如何を問わず,軍事力の行使においては事前,緊急時には事後の国会承認を憲法において求めるべきとの立場です。一定期間内に承認が得られない場合は,内閣不信任決議と同様に総辞職か,民意を問うべく衆議院を解散するかにするべきと思っています。個別法で一定類型での集団的自衛権行使を包括的に容認する場合,いったん国会がお墨付きを与えてしまえば,後は政府の判断があるのみであり,その判断が政治的批判を受けることはあるにせよ,ガバナンスのルールとして国会決議は何も要求されることがないということになりそうです。そのようなことで,本当に国益にかなう政府判断が保障されるのかどうか。私は重大な疑問を感じる次第です。

そもそも,先の大戦で何が誤りだったのか?満州事変を皮切りに,軍中央の命令によらない現場の佐官クラス主導の軍事行動が度重なり,結果としてそれを中央が追認する形で日中戦争が泥沼化した経緯があります。そんな中で戦争体制が強化され,政治も大政翼賛会となって,軍事に対する統制力を失い,いや軍人が政治をコントロールする時代に突入してしまったのです。絶対的国防圏であるサイパンが陥落して東条内閣が総辞職しているにもかかわらず,すなわち国土が空襲で焦土化することが予想されていたにもかかわらず,もはや戦争を止める決断は誰にもできない状況となっていました。ガバナンスが全く効かない状況に対する反省があるなら,ガバナンスのルールを最大尊重するべきではないでしょうか?

現代において,軍人が政治をコントロールする事態になるとまでは私は懸念していませんが,しかし,国会での十分な審議によることなく戦火が拡大する事態は多分に懸念するところです。いったん,集団的自衛権を行使して既成事実を作ってしまえば,結果的にそれを追認するしかないような状況は,戦前の失敗例と何も変わりません。憲法は国民が国家権力を拘束するための法規範ですから,解釈の変更だけで,国家固有の権利として集団的自衛権を行使できる,との憲法解釈をすることは,結局のところ軍事力行使に対する民主的コントロールを希薄にするための手段でしかないのです。憲法的統制を回避する行為が,国民のコントロールの及ばない,ガバナンスの効かない巨大な政治権力を軍事的に暴走させる契機になってしまうことを,私は懸念します。
                                           
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集団的自衛権の行使範囲を法律や閣議で決定することの意味

集団的自衛権の行使容認論が勢いを増す中,立憲派の私としては,消極的意見を述べなければなりません。

私は本来は現実主義者として軍隊の保持,集団的安全保障体制における集団的自衛権の行使,そして武器の輸出のいずれについても,積極的に考える者です。ただし,それらは侵略戦争に直結しかねないものであるだけに,慎重な手順による厳格な歯止めが必要と考えています。それは時の政権がいかようにも変えられる手順であっては意味を持ちません。その意味で,改正要件が法律制定よりも厳格な硬性憲法の下での憲法マターであるべきと考えるものです。そもそも論として,憲法で軍隊を持たないと宣言している国が,理由はなんであれ国外での戦争に参加することを容認する余地はありません。それはもはや解釈の限界を超えるものであり,憲法9条2項を維持したまま,集団的自衛権行使を解釈で容認する余地はないというべきです。戦力ならざる武力だけで戦闘に参加せよ,とでもいうのでしょうか。

この点,政府与党の動きとしては,閣議決定なり個別法の制定による「歯止め」というニュアンス感が出てきていますが,それは秘密保護法制の時の第三者機関「的」機関と全く一緒で,何の歯止めにもならないものです。なぜなら,時の政権がいかようにも決定できるのが閣議であり,国会で多数を占める与党であればいかようにも制定・改廃できるのが法律だからです。殊に,小選挙区制導入以降,衆議院での議席配分が第一党に大きく振れる傾向にある今日,衆議院の優越に必要な3分の2以上の議員数を確保することは,連立政権なども視野に入れれば決して難しいことではないでしょう。歯止め論をかわすための論法でしかないことは明白です。憲法を軽視した「歯止め」は歯止めとして無意味であることを強調しておきたいと思います。
                                            
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国家統治の立憲主義と企業統治の内部統制システムの原点「性悪説」

以前,大学院の講義で学生から受けた質問に,「立憲主義を身近な会社に例えるとどのように説明することができますか?」というものがありました。あまり意識したことのない例えではありましたが,確かに,国民による国家統治の場面と,株主による企業統治の場面は通じるところがあります。すなわち,国家においては,主権者国民がその代表者に権限を委任して国家の統治権を行使させることになる一方,株式会社においては,株主が取締役・監査役らの役員を選任し,企業統治を行わせる訳です。権限の配分の際の抑制・均衡という点では,国家統治においては内閣と国会間では内閣不信任決議と衆議院の解散権,内閣・国会と裁判所間では違憲立法審査権が存するのに対して,企業統治においては,取締役・取締役会による経営判断・監督と監査役・監査役会の適法性・会計監査,縦のピラミッドでの内部統制システムと内部通報制度等を駆使したモニタリング等が挙げられます。また,直接的権力行使の場面としては,国家では国会議員の選挙,最高裁判所裁判官国民審査があるのに対して,企業統治では株主総会における役員らの選任,議題・議案提案権,招集請求,帳簿閲覧権等が挙げられます。

そもそも,英語でgovernといえば統治を意味する訳ですが,政府はgovernment,企業統治はgovernanceですから,国家統治と企業統治に通じるところがあるのは,むしろ当然かも知れません。

この点,企業統治においては,グローバリゼーションが進行する中,性悪説に立った内部統制システムの構築が役員の善管注意義務の内実として当然に重要視されています。会社の従業員はもちろん信頼をしたいところですが,万に一つ何らか背任や横領等の出来心を起こしたとしてもそれがチェックされ露見する仕組みを作ることで,そのような行動を未然に防ぐことができる訳です。国家統治においてこれに相当するのが立憲主義です。すなわち,権力者の中にはその権限を濫用して私利に走ったり,強引な戦争に国を導く方も現れないとは限りません。こうした国家機関の権限濫用を阻止するために憲法による歯止めを掛けて,時の政府の判断次第で暴走することを未然に防ぐのが憲法の拘束規範としての役割であり,立憲主義なのです。

近時は,集団的自衛権の行使容認を憲法解釈で認めようとする安倍政権の動きを支持する方々において立憲主義を軽視する傾向が顕著ですが,人間の本質は企業においても国家においても何ら変わりません。人が人である限り,権力濫用なり暴走なりは起こり得るものです。それを阻止するための仕組みの必要性は,いずれにおいても同様のはずです。それとも,企業の従業員や役員は放っておくと暴走しかねない凡人なのに,政治家は聖人君主で神々しく暴走などあり得ないということなのでしょうか???勇気ある憲法改正論議を期待する者として,立憲主義の軽視は決して許すことができません。
                                               
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会社法改正法案における企業統治のあり方の見直し

 会社法改正案が4月25日衆議院で可決され,参議院での審議に付されることになりました。この改正法案は内閣提出法案であり,衆議院での修正も微修正に留まったので,参議院の審議・採決もスムーズに進むことが予想されます。この法案は,その立法理由にもある通り,株式会社をめぐる最近の社会経済情勢に照らして,社外取締役等による株式会社の経営に対する監査等の強化,さらには株式会社及びその属する企業集団の運営の一層の適正化等を図ることを目的として,次のような改正を図るものです。すなわち,
(1)監査等委員会設置会社制度の創設
(2)社外取締役等の要件等の改正
(3)株式会社の完全親会社の株主による代表訴訟制度の創設
(4)株主による組織再編等の差止請求制度の拡充等
等です。

 このうち,(3)完全親会社の株主による代表訴訟制度(いわゆる多重代表訴訟制度)創設と(4)組織再編等の差止請求制度の拡充等は,会社法制定後これまで指摘されてきた企業統治における制度の空白に対処し,企業統治の充実を期待するものです。また,(1)監査等委員会設置会社制度と(2)社外取締役等の要件の改正は,実務上も上場企業を中心に徐々に進んでいる独立役員の登用による企業統治の変革をさらに進めて,社外取締役の任用を進める趣旨を込めたものです。

 改正法案においては,社外取締役に関しては,監査等委員会設置会社の監査等委員である取締役は3人以上とされますが,その過半数は社外取締役とされています(会社法改正案331条6項)。そして,大会社で監査等委員会設置会社でない場合には監査役会設置が義務付けられると共に(会社法改正案328条),監査役会設置会社で金融商品取引法24条1項により有価証券報告書提出を義務付けられている会社は,社外取締役を置かない場合には,それを置くことが相当でない理由の開示が求められることになります(会社法改正案327条)。この点,当初は社外取締役の法的義務付けが議論されていたところではありますが,それ自体は経済界の反発もあって見送りとなったこともあり,今回の改正法案では企業統治の強化には不十分との評価がある一方,この改正法案でも上場企業に社外取締役を置くことが「事実上」義務付けられたとの評価も観られるところです。

 思うに,日本経済の低迷期を経て,国内企業の外国進出による産業構造の変質化や弱体化した国内資本に替わる外資の位置付けの高まり等を受けて,ヒトモノカネが国境を超えて目まぐるしく行き交うグローバリゼーションがいよいよ進行しています。EPAやFTA,そしてTPP交渉等の自由貿易交渉の進展はこの流れを象徴するものです。まさに,外資の投資対象となるべきグローバルスタンダードな経営でなければ企業価値の最大化が図れない時代を迎えたと言えます。性悪説に立った内部統制は,企業活動のリスクに対する予防策・抑止力として重要な機能を有するものとなっています。

 また,物質的に満たされ,それ以上に生活の質を求める時代にあって,品物の原材料や品質,製造元に関する国民の意識は高まり,消費者保護の進展も相まって,企業のコンプライアンス違反に対する批判はより直接的かつ強固なものとなっています。終身雇用制の崩壊による人材の流動化は,自身のキャリアアップに否定的な評価となる不祥事への妥協を許さないところとなり,内部告発がより誘発されやすいところともなっています。近時の企業不祥事の露見の数々は,コンプライアンス違反の不祥事が,もはや隠蔽することのできない時代となったことを証明しています。まさに,コンプライアンスを遵守した経営こそが,経営資源を本来の営業戦略に集中させ得るものといわざるを得ません。その際,社外取締役の任用を企業側がどのように受け止め,そして積極的に活用できるかは,企業の永続的発展の鍵と言えるでしょう。

 実務における社外取締役・社外監査役の選任状況としては,各証券取引所で独立役員の届出が求められ,特に東京証券取引所では独立役員を1名以上確保することを企業行動規範の「遵守すべき事項」に規定していることもあり,90%超の上場企業では少なくとも1名以上の独立役員を確保しているとの統計データも公表されていますが,その一方でそこでいう独立役員とは,全上場企業中4分の3の企業では社外監査役であって,社外取締役を選任している企業は4分の1に留まる事が報告されています(やや古いデータですが)。

東京証券取引所:
http://www.meti.go.jp/committee/materials2/downloadfiles/g100819a03j.pdf
大阪・名古屋・福岡・札幌各証券取引所:
http://www.meti.go.jp/committee/materials2/downloadfiles/g100819a04j.pdf

 社外取締役に本来期待される独立的な立場からの経営判断を,社外監査役の意見を取締役が尊重することで実現しているとするコーポレート・ガバナンス報告書の記載例は多く見られるところですが,不祥事事例等を見るとき,やはり取締役と監査役の立場の違いを意識せざるを得ないことがあります。

 今回の改正後も,上場企業の多くが「社外取締役を置かないことを相当とする理由」の起案にやっきになるようでは,改正法の趣旨は空洞化されることになります。確かに,内部統制システムの運用やコンプライアンス体制の堅持は1円も生まないのは事実です。しかし,それは野球に例えれば,いかにしっかり守っても1点も取れないと言っているのと同じことです。逆に言えば,しっかり守っていれば,1点取れば勝てるとも言えます。いくら営業が頑張って成果を挙げても,内部統制の崩壊やコンプライアンス違反で失点を重ねるようでは企業業績は挙がりようがないでしょう。勝利の連鎖が生み出す士気の高まりと,反対に敗北の連鎖がもたらす厭戦的な機運の先に何があるかは明白でしょう。コンプライアンス遵守の福利は,実は当該企業自身が最もよく享受できるものであること,その結果はもちろん当該企業の株式価値の最大化であり,その先にあるのは企業の永続性の確保であることを強調しておきたいと思います。

                                               
弁護士 田島正広

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