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弁護士田島正広の“立憲派”ブログ

田島正広弁護士が、注目裁判例や立法動向、事件などを取り上げ、法の支配に基づく公正な自由競争社会の実現を目指す実務法曹としての視点から解説します。

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ある動物愛護団体の活動に観る「倫理」と「法令遵守」

先日,テレビである動物愛護団体の活動が紹介されていました。その際,その中心的な活動家の方のコメントが印象的だったので紹介します。
「自分達は,自身の倫理観にのみ従い,動物虐待を許すような悪法には従わない。」と。

「悪法」が「法の支配」の下で許容されるのかは,「法の支配」の理念型が正義の法に基づくものと説明されるだけに議論の余地があるのでしょうが,ここではそこは置いて,「自身の倫理観にのみ従う」というくだりに着目したいと思います。

鯨やイルカ,馬を食べる行為は残虐な行為であるという倫理観は,それらを食することのない文化の下でよく育まれるものでしょう。そうした倫理観を持つ方も,家畜としての牛や豚,さらには野山の鴨やウサギを食することまで禁止すべきと言うかと言えば,そうではないようです(もちろん,その取り扱い上の残虐行為の問題はあります)。結局それは自身の文化のみをよりどころとする倫理の押しつけでしかないのではないか。こう考えたときに,そこに一神教の影響を感じるのは私だけでしょうか。すなわち,多神教と違い,一神教は他の神々を受け入れる余地がありません。相互尊重の余地はあるでしょうが,原理主義的になればなるほど,それは相手の価値観を無視することになるのです。

もとより,動物愛護には諸々の要素があります。前述の文化論の他に,絶対数量の減少を理由とする種の保存の必要性や食の連鎖のバランスの維持,ひいてはその捕獲から市場流通に至る社会経済活動の健全な保護育成などです。倫理観への批判をもって,これらの諸要素を無視しようとする趣旨では決してないのですが,倫理観を言うのであれば,同じ人間として相手の倫理観にも響く論でなければならないし,法を悪法と断ずるからには,相手国の文化・道徳への配慮もなければならないと思います。ましてや,当該国家における法を無視するからには,当該国における民主制の機能状況や国民意識,法改正の可能性にも配慮すべきでしょう。これらを無視して倫理を振り回すことになれば,それはもはや正統政府とその法体系そのものとの暴力的な対決,すなわちテロリズムでしかないと私は思います。

余談ですが,前記の活動家の言葉と真に近い言葉を,ある名誉毀損事件の被告である某出版社が主張していました。北朝鮮のような非民主的国家ならばまだしも,この日本にあって何をか言わんやとの思いでした。報道は第四の権力とも評されるほどの影響力を持つからこそ,その権力におごることなく適正な報道に努めなければならないのに,書きたいように書くのが当然,その何が悪いと言わんばかりの態度には,真に腹立たしいものを感じる次第です。

弁護士 田島正広

○関連リンク
田島総合法律事務所
フェアリンクスコンサルティング株式会社
パンダ君のコンプラ





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アメリカ人の中にはクジラを食用とする日本人を野蛮よばわりする人も少なくありません。数十年前、日本にてクジラ捕獲ニュースが流れた時、在米日本人が狙われました。糞をドアの前に大量に置き去りにしたり、車のタイヤに穴を、、とか、クジラは救いけど、鶏,肉、魚は堂々と食用とする矛盾してますよね。、、

California | URL | 2010年04月27日(Tue)16:57 [EDIT]


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