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弁護士田島正広の“立憲派”ブログ

田島正広弁護士が、注目裁判例や立法動向、事件などを取り上げ、法の支配に基づく公正な自由競争社会の実現を目指す実務法曹としての視点から解説します。

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ネット上の青少年有害情報の閲覧規制(2)

まず,この問題を考える大前提として,ウェブサイトの閲覧行為の法的位置づけを考えなければなりません。この行為は,ウェブサイト上の表現を受領する行為であり,これを行う自由はいわゆる知る権利と言われ,表現の自由の一類型と考えられます。ここで,表現の自由(憲法21条1項)とは,人が自分の行いたいように行動する(自己実現)と共に,民主主義を維持する上で,人権の中でもより優越的地位にある重要な人権とされます。ウェブサイト上には,多分野に渡る大量の情報が存在していますが,今やウェブサイトの閲覧なしに情報化社会を生き抜くことは不可能とも言える状況です。この点,子どもも人権を有するものとして知る権利を有しますから,親や学校からその利用を許された携帯電話やコンピュータを駆使して自分の閲覧したいウェブサイトを閲覧する自由を有するという前提に立つことになるわけです。

 しかしながら,ウェブサイト上には必ずしも教育上有益とは言いがたい情報も氾濫しており,ポルノはもとより残虐映像などは,その内容次第では子どもに重大な衝撃を与え,その健全な発育に支障を及ぼしかねません。子どもが自分の知る権利を行使することによって,当該時点での自己実現を上回るもっと大きな利益とも言うべき自分自身の健全育成の利益への重大な脅威にすらなりかねません。

 また,親には子どもに対する教育の自由があり,子どもの健全育成にかなう範囲で広範な裁量権が認められるほか,その所有する携帯電話やコンピュータについて管理権が存しますので,その購入,子どもへの付与から利用方法の指定に至るまで親の裁量に服することになるでしょう。同様に学校においても,教育上並びに施設管理権の観点からの広範な裁量権が認められることになります。

そこで,子どもの現時点の意思に反してでも,親や学校がこれらの裁量を行使して子どもの発育程度に応じた知る権利の制限を行うことが,子ども自身の健全育成のために許される場合があるものと考えられます。フィルタリングはまさにそのための手段と位置づけられることになります。憲法論的には,人権制約の根拠である「公共の福祉」(憲法13条)の一内実として,いわゆるパターナリスティックな制約という類型※が考えられていますが,その範疇に含められることと思料します。

※ パターナリスティックな制約とは,国家がその人の保護のために,後見的にその人権を制約する類型です。例えば,子どもが自ら喫煙や飲酒をしたいと思っても,子ども自身の健全育成のためにそれらは禁止されていますが,これなどはその適例といえます。

(次回へ)


弁護士 田島正広  http://www.tajima-law.jp

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