
先日,三陸津波被災地の法的ニーズ調査のために,私が活動している東京弁護士会内の任意団体法友会の東日本大震災復興支援特別委員会の有志にて,陸前高田,大船渡,気仙沼を訪問して来ました。仮設住宅の集会所を訪問して被災者の皆さんから直接声をお聴きし,また,まちづくり協働センターや仮設住宅連絡会の関係者の皆さんからは,仮設住宅におけるコミュニティの構築や支援協議のあり方の問題点についてご示唆を頂きました。そして,現地で献身的に仮設住宅回りを行い,被災者の法律相談から受任事件の対応に当たる「いわて三陸ひまわり基金法律事務所」の弁護士在間文康先生からは,高台移転や換地の実情,被災ローン減免制度,さらには遠隔地の弁護士のサポートのあり方等について,ご示唆を頂き,意見交換させて頂きました。その中で,今日は在間先生が特に熱く語っていらっしゃった被災ローン減免制度の問題点について,採り上げたいと思います。
この制度の導入経緯と内容は, こちらをご覧頂きたいと思いますが,当初よりその周知の不徹底が問題視されてきたところ,在間先生によれば,現地での周知は未だに不十分とのことで,仮設住宅を訪ねても制度を理解している方はごく僅かとのことです。
また,利用要件としての支払不能要件のハードルは高く,生活再建のために救済が必要と思われる多くの債務者はその水準には達していないために,制度の利用申し出を断念させられているとのことです。
そもそも,ガイドライン運営委員会に制度利用を相談しても,内部判断で利用要件を満たさないとされれば,無料で利用できるはずの登録専門家たる弁護士への相談にたどり着かないため,利用要件に関する主張の余地を封じることになってしまうとのこと。同委員会が金融機関寄りと批判される所以です。
被災ローン減免制度の実際の運用状況としても,金融機関側の対応に温度差があるとのことで,その対応次第では,金融機関側の提示する返済案をそのまま受諾するのでなければ,これによる債務整理の成立が難しいケースも見られます。
こうした状況を踏まえて,在間先生からは立法による解決の必要性をご指摘頂きました。その際,既に弁済済みの債務者が,結果的に払い損になることを避けるため,震災時に遡及して適用できる立法とすべきとのご指摘を頂きました。
これらのご指摘に関する私見ですが,確かに同制度においては支払不能要件が厳しく課せられているため,同制度の利用ができず支払を無理にでも継続した結果,将来的に支払不能に至るケースは当然に予想されます。阪神大震災でも,震災からだいぶ時間が経過してから破産に至る債務者の存在は多く報じられていました。そのような事態を招来せしめることは,被災者の生活再建という制度の利用目的に全く矛盾するものです。その意味でこの制度のあり方としても,もっとハードルを下げる努力がなければなりません。この点は,法友会の昨年末の宣言でも採り上げているところです。
「被災ローン減免制度及びその運用の改善に向けて」
また,運営委員会が金融機関寄りの運用を行っているとの指摘や,任意整理の形を採る同制度では限界があるとの認識に立てば,当職も立法で債務を大幅にカットする特別法を検討する必要性はあると考えています。ただし,その際に,検討を要するのが,遡及適用が可能かという論点ではないでしょうか。
すなわち,特別立法前に行った債務の弁済の効力を震災時点まで遡及して否定して,弁済済みの債務についても減額の対象とするという結論は,震災後の債務の返済状況に差異のある債務者間の公平を図ると共に,被災者の生活再建をより強力に進める上では有効であることは間違いありません。ただ,利息制限法違反の過払いのように,弁済当時から超過部分についての弁済が過払いである場合とは違い,その当時は有効な弁済だった訳ですから,これを覆すことが法理論的にどのように位置付けられるのかについては,慎重な検討が必要であるとは思います。金融機関からすれば,過払いの場面のように自らに対応上の問題点が認定される訳でもないのに,適法に実施してきた債権管理を一方的に覆される訳で,この間の決算にも影響する事態ともなるでしょう。
ですが,そもそも震災特別立法という発想自体が,一般市民と震災被災者を区別することを前提にしており,憲法上の平等権の視点で見れば,合理的区別の場面として,特に被災状況の重大性,被害救済の必要性に力点を置いて説明されるべき場面です。債権の内容・行使に関する制限ということになる点では,金融機関側の財産権の制限の問題となりますが,政策的制限に関する必要性は同様に見出されるところですし,そもそもこの問題の発端には,義援金や生活再建支援金といった被災者の生活再建のための資金が,従前の債務の返済に回される事態が頻発しているという,金融機関におけるモラル・ハザードの視点があったことを思い返せば,こうした特別立法の正当性を根拠づけることがあながち不可能とまでは思いません。もとより,債務者救済の一方で負担を強いられる被災地の金融機関への資本注入も利益衡量のバランスの中では考慮すべきものと思います。
ところで,仮設住宅を回ってみると,地震保険やその他の収入をもって債務の返済を率先して行っている方も見られますが,既に弁済済みの債務については,被災ローン減免制度では返済の対象には含まれませんから,こうした方の中は,自分の債務返済後に導入された被災ローン減免制度を,不公平な制度として否定的に捉える方も見られないではありません。もちろん,自分は返済期限を守って何らの優遇を受けていないのに,後の制度導入で他の債務者ばかりが優遇されることに矛盾を感じるお気持ちは理解できます。同制度導入まで震災から4ヶ月以上を要した点,その間の債務返済を金融機関に対して強制力をもって停止させなかった点等,多くの問題が同時に浮き彫りになる次第です。遅きに失しているとはいえ,今対応しなければ,全ての問題は被災者たる債務者の個人的支払能力の問題に置き換えられ,結果として,将来破産に至らせる等再建困難な被災者を増やすことにしかなりません。この問題への対処のあり方がまさに問われていると思います。
弁護士 田島正広
○関連リンク
田島総合法律事務所
フェアリンクスコンサルティング株式会社
パンダ君のコンプラ
この制度の導入経緯と内容は, こちらをご覧頂きたいと思いますが,当初よりその周知の不徹底が問題視されてきたところ,在間先生によれば,現地での周知は未だに不十分とのことで,仮設住宅を訪ねても制度を理解している方はごく僅かとのことです。
また,利用要件としての支払不能要件のハードルは高く,生活再建のために救済が必要と思われる多くの債務者はその水準には達していないために,制度の利用申し出を断念させられているとのことです。
そもそも,ガイドライン運営委員会に制度利用を相談しても,内部判断で利用要件を満たさないとされれば,無料で利用できるはずの登録専門家たる弁護士への相談にたどり着かないため,利用要件に関する主張の余地を封じることになってしまうとのこと。同委員会が金融機関寄りと批判される所以です。
被災ローン減免制度の実際の運用状況としても,金融機関側の対応に温度差があるとのことで,その対応次第では,金融機関側の提示する返済案をそのまま受諾するのでなければ,これによる債務整理の成立が難しいケースも見られます。
こうした状況を踏まえて,在間先生からは立法による解決の必要性をご指摘頂きました。その際,既に弁済済みの債務者が,結果的に払い損になることを避けるため,震災時に遡及して適用できる立法とすべきとのご指摘を頂きました。
これらのご指摘に関する私見ですが,確かに同制度においては支払不能要件が厳しく課せられているため,同制度の利用ができず支払を無理にでも継続した結果,将来的に支払不能に至るケースは当然に予想されます。阪神大震災でも,震災からだいぶ時間が経過してから破産に至る債務者の存在は多く報じられていました。そのような事態を招来せしめることは,被災者の生活再建という制度の利用目的に全く矛盾するものです。その意味でこの制度のあり方としても,もっとハードルを下げる努力がなければなりません。この点は,法友会の昨年末の宣言でも採り上げているところです。
「被災ローン減免制度及びその運用の改善に向けて」
また,運営委員会が金融機関寄りの運用を行っているとの指摘や,任意整理の形を採る同制度では限界があるとの認識に立てば,当職も立法で債務を大幅にカットする特別法を検討する必要性はあると考えています。ただし,その際に,検討を要するのが,遡及適用が可能かという論点ではないでしょうか。
すなわち,特別立法前に行った債務の弁済の効力を震災時点まで遡及して否定して,弁済済みの債務についても減額の対象とするという結論は,震災後の債務の返済状況に差異のある債務者間の公平を図ると共に,被災者の生活再建をより強力に進める上では有効であることは間違いありません。ただ,利息制限法違反の過払いのように,弁済当時から超過部分についての弁済が過払いである場合とは違い,その当時は有効な弁済だった訳ですから,これを覆すことが法理論的にどのように位置付けられるのかについては,慎重な検討が必要であるとは思います。金融機関からすれば,過払いの場面のように自らに対応上の問題点が認定される訳でもないのに,適法に実施してきた債権管理を一方的に覆される訳で,この間の決算にも影響する事態ともなるでしょう。
ですが,そもそも震災特別立法という発想自体が,一般市民と震災被災者を区別することを前提にしており,憲法上の平等権の視点で見れば,合理的区別の場面として,特に被災状況の重大性,被害救済の必要性に力点を置いて説明されるべき場面です。債権の内容・行使に関する制限ということになる点では,金融機関側の財産権の制限の問題となりますが,政策的制限に関する必要性は同様に見出されるところですし,そもそもこの問題の発端には,義援金や生活再建支援金といった被災者の生活再建のための資金が,従前の債務の返済に回される事態が頻発しているという,金融機関におけるモラル・ハザードの視点があったことを思い返せば,こうした特別立法の正当性を根拠づけることがあながち不可能とまでは思いません。もとより,債務者救済の一方で負担を強いられる被災地の金融機関への資本注入も利益衡量のバランスの中では考慮すべきものと思います。
ところで,仮設住宅を回ってみると,地震保険やその他の収入をもって債務の返済を率先して行っている方も見られますが,既に弁済済みの債務については,被災ローン減免制度では返済の対象には含まれませんから,こうした方の中は,自分の債務返済後に導入された被災ローン減免制度を,不公平な制度として否定的に捉える方も見られないではありません。もちろん,自分は返済期限を守って何らの優遇を受けていないのに,後の制度導入で他の債務者ばかりが優遇されることに矛盾を感じるお気持ちは理解できます。同制度導入まで震災から4ヶ月以上を要した点,その間の債務返済を金融機関に対して強制力をもって停止させなかった点等,多くの問題が同時に浮き彫りになる次第です。遅きに失しているとはいえ,今対応しなければ,全ての問題は被災者たる債務者の個人的支払能力の問題に置き換えられ,結果として,将来破産に至らせる等再建困難な被災者を増やすことにしかなりません。この問題への対処のあり方がまさに問われていると思います。
弁護士 田島正広
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