弁護士田島正広の“立憲派”ブログ

田島正広弁護士が、注目裁判例や立法動向、事件などを取り上げ、法の支配に基づく公正な自由競争社会の実現を目指す実務法曹としての視点から解説します。

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自民党憲法改正案に対する疑問と懸念

昨日27日,自民党から憲法改正案が発表されました。

自民党憲法改正案(全文)

改憲案立案に向けて尽力された先生方のご努力には敬意を表することを前提に,この憲法改正案についての若干の論評をさせて頂きたいと思います。大変遺憾ながら,私がこの改正案を拝見してまず真っ先に思ったことは,憲法の意義をどのように考えてこの改正案を立案されたのか?との疑問でした。以下,私が感じた疑問点,懸念点を中心に,論じてみたいと思います。

(1) 立憲主義的観点からの疑問,懸念

近代憲法は,授権規範性と拘束規範性を有するものとされます。前者は国家権力の淵源を根拠づける規範としての意義,後者は国家機関が権力濫用に陥ることのないようこれを拘束する規範としての意義です。その趣旨は,法の支配,すなわち,すべての法体系は人格の尊厳という至高の価値に立脚した高次の法によって支配されるとの理念に従い,これを憲法典として実定法化し,国家機関の権力濫用から国民を守るべきものと位置づけることになります。憲法のこのような機能と位置づけを立憲主義と呼ぶことになります。

立憲主義的な憲法の名宛人は国又は地方公共団体であり,それらの権力の行使方法を定め,その濫用を抑止するものでなければならないのです。この機能を果たさない憲法は,単なる最上位の法に過ぎず,それは権力者によっていかようにも都合良く利用することのできるものとなります。そこでは,主権者国民の利益はどれほど実現されるのか保障の限りではないことになるでしょう。

このような立憲主義に拠る限り,憲法で国民に義務を課し国民を拘束することは,憲法のあり方としては本来的な方向性が違うことになるでしょう。この点から自民党の憲法改正案を見るとき,国民に国旗・国歌尊重義務(3条2項)を課すことは,憲法のあり方を取り違えたものというほかありません。もとより,国旗・国歌を定めること自体は大いに賛成ですが,国旗・国歌は,「義務として尊重させる」ものではなく,自ら内心で誇りをもって「自発的に尊重する」ものであり,それが国民によって尊重されていないとしたら,それは政治がていたらくで,国際社会において誇りある日本が実現できていないからなのではないですか?誇りある日本を再生することの方が先決であり,かつ解決策なのではないですか?

これまで公務員に課せられていた憲法尊重擁護義務を尊重義務と擁護義務に分けて,前者については全国民を対象とした点(102条1項)も同様の批判の対象です。憲法を尊重しなければいけないのは国の側であって,国民ではないというべきです。

また,領土の保全に当たって,国は「国民と協力して」領土を保全しなければならないとのことですが(9条の3),ここでも国の責務として領土保全義務を定めればよいのであって,そこに同時に位置づけられる国民の協力とはどのようなものでしょうか。国民にも領土保全協力義務が課せられるということでしょうか。その義務の履行として人格の尊厳にも限界があるということなのでしょうか。この「国民の協力」は,国が環境保全に努めるに際しても求められますが(25条の2),この文言は解釈が不明瞭で重大な人権制約根拠とされかねないため,それ自体不要と思います。

そもそも,国民が人権を濫用してはならないとする現行12条を「国民の責務」と位置づけ,国民が「自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚」する点も,果たして憲法に論じる必要があるのでしょうか。

同条以下において人権制限の根拠として度々登場する「公益及び公の秩序」という概念が,従来の「公共の福祉」と同様に解されるものなのかも懸念点です。後者は,国民の人権行使が他者の人権,社会的法益,国家的法益と衝突する場合の調整原理として,人権の類型毎に利益衡量や合憲性判定基準を異にして解釈されてきたものですが,果たしてこれまでの解釈理念を承継する趣旨なのかどうか。国民の義務の「自覚」の下に,社会的法益,国家的法益を個人的法益より尊重すべきものとして解釈されることにならないのかの懸念があります。

この点,表現の自由と結社の自由においても,「公益及び公の秩序を害することを目的とした活動,・・・結社」が制限されるとの明文があえて置かれている点には,あたかも治安維持法の臭いすら感じます。ここだけあえて強調せずとも,他の法益との調整原理に照らした表現の自由,結社の自由の制限は当然の帰結というべきものです。むしろ,国民の自己実現の価値と自己統治,すなわち民主制を可能ならしめるという価値に照らして,これらは最大尊重を要する趣旨を強調するのが,立憲主義憲法の姿と思料します。

(2) 安全保障と国家緊急事態について

私は立憲主義的に国家権力に対する民主的コントロールが実効性をもって保障される憲法改正案であれば,自衛隊を軍隊と位置づける改憲に反対するものではありません。その際には,権力の濫用による軍隊の暴走が阻止できるよう二重,三重の歯止めを行い,これを国民の監視の下,民主的に統制するため,軍隊の行動に関する内閣総理大臣の権限行使について国会の事前又は事後の承認が不可欠と考えています。

この観点に立つとき,特に緊急事態条項(98条)において,緊急事態宣言の場所的限定が特に付されていない点は懸念点となります。また,同宣言の時間的限定については,百日という期限を設定している一方で,事前の国会の承認さえあれば,何度でも無制限に同宣言の継続が可能とされる点も懸念点です。国家緊急権とは,立憲主義の危機に際して,通常の国家権力に関するルールを停止して,非常モードでの臨時の対応を認め,その間例外的にやむを得ない範囲での人権制限と権力集中を可能にするものですから,仮に憲法上これを正面から導入するにしても,その行使範囲は最小限度性をもって画す必要があります。その意味では,「やむを得ない場合に限って」国会の事前承認により延長することができる旨の文言が必要なのではないでしょうか。

ここで何より重要なのは,国会を通じた民主的コントロールの貫徹(少なくとも事後的な民主的コントロールの回復が必要)ですが,内閣が法律の定めるところによるとはいえ,「法律と同一の効力を有する政令を制定できる」とするのはいかがなものでしょうか。もちろん,事後に国会の承認が求められてはいるものの,そこでいう「事後」とは法律の定めに従うとあるのみで,憲法上は期限が定められてはいませんから,いったん定められた政令については,事実上それが効力を有し続ける事態もあり得ないではありません。この点,私は法律で事前に定めるところにより政令での暫定的人権制限を容認しつつも,当該政令施行後一定期限以内に法律による事後承認がない限り,当該政令は当該期限経過時点で直ちに効力を失効するものとして,政令によって侵害された人権に対する国の責任を明確化する必要があると思っています。そこでいう期限は国家権力の濫用阻止の観点から憲法上明記すべきものです。もちろん,当該期限到来時点でいまだ緊急事態が継続している場合には,緊急事態宣言を延長する国会承認に伴いその期限が延長される扱いとして明文化すればよいと思います。

(3) 改憲要件の緩和について

改正案では,両議院ののそれぞれの総議員の過半数の賛成で国会が議決して国民に提案するとあり,従来の3分の2による発議に比べて要件は緩和されています。また,国民投票に関する過半数の対象が有効投票であることが明らかにされています。

いずれも憲法改正をより容易にするものでありますが,現行憲法の改正要件が比較憲法的に見てもやや厳しく改正が難しいといえるのかどうか,反面改正の困難さ故に一時の国民感情に基づく改憲を困難ならしめ,人権保障の安定を図りうるという硬性憲法の利点が果たされたといえるのかの両面をどのように判断するべきかの議論であろうかと思います。今後この点の議論を尽くす必要があると思います。

(4) 新しい人権の明文化見送りと国民に対する個人情報不当取得規制の導入のアンバランス

現在でも名誉権,プライバシー権といった現行憲法に明文化されていない新しい人権を憲法13条の幸福追求権の内実をなすものとして保障対象にする解釈が採られているので,これらが明文化されていなくともその保障が不十分になるわけではないと思料されます。しかし,それでも実務上確立されているところにしたがって,可能な限り新しい人権を明文化すべきと私は考えています。

この点,個人情報を不当に取得,保有,利用してはならないとの規定が導入されていますが,その対象は「何人も」とされています。すなわち,この規定は国又は地方公共団体を名宛人とはせず,国家権力の濫用防止を目的とはしていません。そのほかの人権は全て,国家権力を名宛人として,例えば,思想,良心(19条),表現の自由(21条1項)等の個別類型の人権を保障するものです。すなわち,これらは全て国家権力がこれら人権を侵してはならないとの趣旨で規定されているところに照らすと,このアンバランス感には非常に違和感を覚えます(もとより,それらの対国家の規定が私人間でも間接適用されることにより,私人間効力を持つとするのが判例の考え方です)。

私人間での個人情報保護規制を図るのは結構なことですが,それは個人情報保護法制の拡充で足りることです。その前に憲法としてやることがあるのではないでしょうか。個人情報保護法制の根本には,プライバシーの権利が人権として観念され,それを背景として国や個人情報取扱事業者に対する個人情報保護規制が法制度化されて来た訳ですから,まずはプライバシー権を人権として明文化し,その上で,「国又は地方公共団体に対して」個人情報の不当取得規制を定めるのがあるべき姿というものです。実際,防衛省が度々個人情報不当取得で批判を受け,裁判でも敗訴している事実をどのように考えているのでしょうか。

(5) 小括

以上は,とりあえず自民党の憲法改正案を拝読して,特に疑問,懸念を感じるところを挙げたものです。今後も,その内容をさらに吟味しつつ,立憲派の立場から意見を申し上げさせて頂きたいと思います。

PS. あまりに長々と書いていたら,日をまたいでしまっていました。長文にお付き合い頂き,ありがとうございました。

弁護士 田島正広

○関連リンク
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