弁護士田島正広の“立憲派”ブログ

田島正広弁護士が、注目裁判例や立法動向、事件などを取り上げ、法の支配に基づく公正な自由競争社会の実現を目指す実務法曹としての視点から解説します。

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憲法と「想像力」

先日,ある憲法に関する講演会で,伊藤真先生(弁護士・伊藤塾塾長)のお話しをお聴きする機会がありました。伊藤先生といえば,立憲主義に立脚した護憲派の論陣として著名な方です。伊藤先生には,当職も講師を務める慶応大学法学部の法学研究科の講義で大変お世話になっているのですが,じっくりとお話しをお伺いする機会はなかなかなく,先生単独でのご講演となると初めてのことでした。

伊藤先生は,憲法を学ぶ上で,「共感力」,「他者への思いやり」が問われるとおっしゃいます。なるほど,国家権力を拘束して国民の人権保障を達成するという立憲主義の拘束規範性の側面は,現代の民主主義国家においては,権力を握る多数派の国家権力行使に対する,少数派の人権保障のための歯止めとして機能することになります。ここまでは当然のことなのですが,伊藤先生は,多数派に属している人にとっては,少数派の方の人権のあり方について一般に無関心であるという点を指摘されました。一般論として言えば,多数派はその要望が少数派よりも満たされている訳ですから,比較的虐げられている少数派の状況について関心を寄せないのは,むしろ当然かも知れません。だからこそ,多数派に属している人が,少数派の人たちをいかに想うことができるか,その「想像力」こそが人権保障の場面では問われるというのです。

私も,事ある毎に,個人の尊重とは,対国家との関係での自分の尊重のみならず,私人間同士でのお互いの尊重をも意味するものであると説いています。自身が至高の存在であるならば,目の前にいる他人もまた至高の存在として,尊重しあうべきものなのです。本来,難しい憲法論議などするまでもなく,隣人同士の互いの思いやりが常識として存在するべきといえるでしょう(それがかなりの部分で失われてしまった現代社会に失望するところは大きいわけです)。このように,憲法を考える上で「思いやり」が大切ということは伊藤先生と全く同意見なのですが,何らかの問題が起こり,自分が多数派に属しているような時ほど,少数派の方のことをどれだけ思いやってきたのか,なるほど改めて考えさせられます。「想像力」をキーワードに挙げられた伊藤先生のご講演には,大変感銘を受けた次第です。

弁護士 田島正広

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