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弁護士田島正広の“立憲派”ブログ

田島正広弁護士が、注目裁判例や立法動向、事件などを取り上げ、法の支配に基づく公正な自由競争社会の実現を目指す実務法曹としての視点から解説します。

ネット上の青少年有害情報の閲覧規制(1)

 先般,「青少年の健全な育成のためのインターネットの利用による青少年有害情報の閲覧の防止等に関する法律案骨子」が与党側から明らかにされました。この法律案は,青少年がインターネットを通じて有害情報を閲覧することを防止して,青少年の健全育成に資することを目的とするものです。この目的の達成のために,性的な表現,残虐な表現,自殺教唆的表現,薬物濫用や児童買春を誘発する表現等を青少年有害情報と定義して,その青少年への閲覧を防止するために,ウェブサイト管理者に有害情報の削除を義務付けるほか,携帯電話会社にフィルタリングサービスの提供を義務付ける内容となっています。また,インターネットカフェ事業者に対しても,青少年につき他から見通せる客席において,フィルタリングソフトを作動させた端末を利用させることを義務付けています。青少年有害情報の定義の詳細は,内閣府に設けられる青少年健全育成推進委員会の定める規則に委ねられ,また,掲示板などに書き込みを行った者と管理者,インターネット接続プロバイダ事業者等との紛争処理のために,指定青少年有害情報紛争処理機関を創設することにしています。

 この法律案は,特に民間でのフィルタリング自主規制検討の動きと緊張関係を持ち,また,プロバイダ事業者等には相当程度の経済的負担を伴うだけに反発も大きいようです。ここでは,法律家としての視点から,この法律案について私見を述べたいと思います。

※ 関連記事はこちら
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20080423/299917/
http://think-filtering.com/
http://diamond.jp/series/machida/10023/

 私は、インターネット上に青少年にとっての有害情報が氾濫している現状については,青少年の健全育成の観点から憂慮するものであり,この法案を積極的に推進される国会議員の先生方の動機の部分については決して理解をしないではありません。この法律案の目的の部分については,もちろん賛同するものです。

 しかしながら,それ故に国がサイト管理者やプロバイダ事業者に対してフィルタリングを初めとする一定の措置を義務付けるべきとまでは思っておりません。民間事業者の自主的な努力の現状を尊重しないこのような法規制については,(1)表現の自由に関する法規制として要求される必要最小限度性を超えるものとして,違憲の疑いが残るものと考えております。また,法案化に当たっては,(2)法律レベルで規制対象が十分明確になるよう慎重に配慮する必要があり,さらに,(3)行政による人権制限に当たっての手続的保障についても,適正手続の保障の観点から工夫されなくてはなりませんが,この点でも,合憲性の点で憂慮するところが残ります。

 のみならず,このような規制が,どれだけの実効性を持ちうるか(例,青少年と成人との分別をいかに行うか,海外からの輸入PCへの規制等),あるいは本件規制を実現するためにもっと大きな法益を損なうことにはなりはしないか(成人には有害ではないコンテンツが削除されてしまうことによる成人の知る権利の制限,事業者の負担増に伴う国際競争力の阻害等)についても疑問を持っています。以下,敷衍することとします。

(次回へ)

弁護士 田島正広  http://www.tajima-law.jp

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内部通報制度(8)~匿名通報の受付は?

 公益目的での真摯な通報を期待する観点から,本来通報は実名で行われることが望ましいのですが,実際には情報漏えいの虞や自身への不利益処分の虞を忌避するため,匿名通報がなされることが圧倒的となっています。そこで,内部通報窓口においても,匿名通報を許容する運営をすることが内部通報制度の活性化の観点から極めて重要となります。実際,一部のコンサル会社では,IT技術を駆使して,完全匿名化を実現しているところです。

 しかしながら,匿名性には負の部分もあります。例えば,通報者自身への十分な事情聴取は双方的な連絡手段の確保なしにはあり得ませんが,匿名故に連絡が困難であると,調査の進展も期待できない場合があり得る訳です。

 また,悪質な濫用的通報のケースを考えてみましょう。例えば,公益目的ではなしに外部に虚偽の情報を流して会社の信用を毀損しようと図り,外部通報(いわゆる3号通報)の要件を満たすためだけに,外部相談窓口に形式的に通報を行った上で,数週間後にマスコミに虚偽内容の通報を行ったという事例を考えてみて下さい。かかる濫用的通報は公益通報者保護法の保護の対象とはなり得ないのですから,通報者は会社の名誉・信用毀損並びに情報漏えいを理由に懲戒解雇処分を受ける可能性も否定できません。かかる場合にまで,通報の形式を採ったことだけを理由にして通報者の匿名性を維持する理由はなく,むしろ内部通報を悪用する者として積極的な懲戒が不可欠というべきでしょう。

 従って,いたずらに窓口業務を技術的に匿名化すればよいというものではなく,法的判断に基づき,濫用的通報を別扱いするだけの判断力が相談受付機関には求められることになります。これをベースとして,公益目的でなされた真摯な通報についてのみ,社内的な匿名取扱いを容認するのが望ましい姿というべきであり,その意味で可能な限りは氏名,連絡先を聞いた上で,報告レベルでコード管理する形態が望ましいと思料する訳です。


関連リンク:
・田島総合法律事務所              http://www.tajima-law.jp/
・フェアリンクスコンサルティング株式会社  http://www.fairlinks.co.jp/

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航空自衛隊イラク派遣違憲判決と立憲主義(4)

(昨日に続いて)
 そもそも,憲法は単に国の根本規範であるというに止まらず,国家権力の濫用を阻止するハードルという意味での拘束規範性を持っています。通常の立法過程よりも改正手続が困難な,いわゆる硬性憲法においては,憲法は高次の正義の法を体現するものとして,政治権力者の権力濫用を阻止するという重要な意義を顕著に有することになります。これこそが立憲主義の意義というべきものですが,政府が解釈改憲を進める限り,憲法の規範性はなし崩し的に崩壊し,拘束規範性も失われるものというほかありません。戦争放棄の憲法の下で,事実上内戦に干渉するような事態もあながちあり得ない訳ではないと危惧する次第です。

 私は,安全保障上我が国が自衛隊を海外派遣して平和維持活動を推進すべき現状があり,それが国際社会並びに派遣先国家を正当に代表する政府の支持を受けられるのであれば,そのための自衛隊海外派遣には賛成の立場です。その際,一定程度の武力行使には否応なしに巻き込まれる虞がある訳ですから,かかる事態を正面から容認しなくては十分な平和維持活動は行えないことでしょう。軍隊としての自衛隊の容認がその前提になろうかと思います。もちろん,現行憲法の解釈ではそれは不可能ですから,このような位置づけでの活動のためには,憲法改正は不可欠と考えます。

 ここで重要なことは,立憲主義の観点から権力濫用を阻止するための枠組み作りをどうするかです。私は,各国の存在を前提とする国際社会においては,国連中心主義を尊重しつつも,最終的には自国の国益をベースとした自国の判断に依らせるべく,民主的統制の観点からの国会承認を最重要の要件とすべきと考えます。例えば,事前の個別の国会承認を原則とし,緊急時や,事前承認の範囲を超えるような事態を生じた場合には例外的に事後承認を要件とするべきでしょう。この要件を憲法に盛り込むことは決して無理なことではありません。

 この点を強調するのは,平和維持活動の名の下に立法がなされながら,派遣に関する個別具体的判断を政府判断に委ねてしまうようでは,実際の活動の場面で積極的な侵略行為が行われてしまうことを阻止できないのではとの危惧があるためです。仮に国際情勢の中で,平和維持活動から一歩進んだ軍事的な介入まで我が国が諸国から期待されるような事態になるのであれば,当然ながら再度慎重な議論を経て改めて改憲論議をするべきと考える次第です。

 ところで,「あなたは改憲派ですか?それとも護憲派ですか?」と尋ねられたら,私は「立憲派です」とお答えすることになるでしょう。正確には立憲的改憲派ということになろうかと思います。「改憲の必要性は理解するが,現在の国政の現場においては,立憲主義が理解されているとは思わないから,改憲には反対である」との趣旨の護憲論をよく耳にします。私もこのような意見は,決して理解できないではありません。いや,むしろ私の基本的スタンスと紙一重といってもよいでしょう。立憲的改憲にとって重要なのは,立憲主義の推進,すなわち,憲法の規範性を保全してそれを骨抜きにしないことの意味をしっかり理解し,実践することであり,それが政治の場面で多数派にならない限り,「危険な改憲論議」との論難を受けてもやむを得ないと思う所以です。
 
 なお,最後になりますが,本判決が,原告適格性や被侵害利益の不存在を理由に控訴を棄却しながら,憲法9条違反の点を判断した点について,憲法判断の必要性がなかったとの批判はあり得るところと思います。ただ,そのような判断順序によらなければならない法的制限がある訳ではありませんし,むしろ現在の政治状況において,立憲主義の観点からの警鐘を鳴らし得る立場として,司法府が理性の府としての存在意義を自覚することまで否定すべきこととは思いません。その意味であまり望ましい言及の仕方ではないものの,本判決が憲法判断に至った点を積極的に非難しようとは思わない所以(ゆえん)です。


弁護士 田島正広  http://www.tajima-law.jp/

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航空自衛隊イラク派遣違憲判決と立憲主義(3)

 先日に続けて,航空自衛隊イラク派遣違憲判決について触れたいと思います。同判決が,航空自衛隊のイラクでの空輸活動をもって他国による武力行使と一体化した行動と判断した点についてですが,当該空輸活動が,「多国籍軍との密接な連携の下」にあることは至極当然のことであり,「多国籍軍と武装勢力との間で戦闘行為がなされている地域と地理的に近接した場所において」なされていることも,別段違和感はありません。近代兵器の性能に照らして,バグダッド空港とバグダッド市内は地理的に隔絶していると反論する方が無理というものです。さらには,同判決が「対武装勢力の戦闘要員を含むと推認される多国籍軍の武装兵員を定期的かつ確実に輸送している」との現状認識に立っている点についても,輸送内容に関する政府側の十分な反証がなされない以上は,認定可能な範囲というべきところというべきでしょう。

 ここで議論が分かれるとすれば,「現代戦において輸送等の補給活動もまた戦闘行為の重要な要素であるといえる」かどうかの点と思われます。私は「戦闘行為」そのものと後方支援を切り離す論理は,それ自体国際法上の解釈として一般的でないのであり,補給活動が武力行使と一体性を有しないという論理は,言葉遊びと非難されてもやむを得ないと思います。そればかりでなく,何よりこのような解釈が,国際社会において胸を張れる解釈なのか甚だ疑問に思っています。現に非武装のNGO組織では危険極まりない地域であればこそ,軍隊が派遣されなければならない訳であり(そうでなければNGOが派遣されれば済むのですから),その結果戦闘が行われるに際して,「当方は後方支援だけですから」と言い訳して,自国部隊が発砲されない限り戦闘に参加しないというのは責任放棄以外の何物でもないと思われるからです(もちろん,我が国の憲法は軍事力保持を禁止していますから,改憲を経ることなく,かかる場面で他国部隊を支援するために戦闘行為に参加することは,原則的にあり得ないことですが)。

 そもそも,イラク特措法制定過程においては,国際的な安全保障上の責任を果たすために,自衛隊を海外派遣しなければならない国際的な現実がありました。しかしながら,憲法が改正されておらず,軍隊ではない自衛隊を派遣するには,それ自体苦しい論理があった訳で,同法上も,我が国の領域外で戦闘行為に及ぶことができない自衛隊を,「戦闘地域」の限定的定義と,戦闘行為と後方支援の分離により,海外派遣の道を切り拓いた訳です。

 しかしながら,このようないわゆる解釈改憲的な発想で臨む限り,今後も国際情勢との関連で,解釈はいかようにも広げられる虞がないとはいえません。それのみならず,立法後の状況次第では,憲法的に説明のしようのない事態に陥ることも起こり得ない訳ではないでしょう。実際に本法制定時には,国に準ずる組織による戦闘行為として防衛庁長官から説明されていた「フセイン政権の残党による多国籍軍との組織的抗戦」の継続という事実が誰の目にもよく見える状況でありながら,政府は(当該状況に対し「国に準ずる組織との武力紛争」との再評価をしているのかいないのかは分かりませんが),既成事実化したイラク派遣を継続している訳です。

(続く)

弁護士 田島正広  http://www.tajima-law.jp/

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内部通報制度(7)~下請事業者の保護は?

 下請事業者の内部告発は,公益通報者保護法が予定しておらず,同法上の保護の対象ではありません。しかしながら,過去の事例において下請事業からの内部告発が実際に果たした役割は否定することができず(雪印食品の食肉偽装事件は,下請の倉庫業者の内部告発により発覚した訳ですが,その後同倉庫業者は雪印食品との契約を打ち切られたとのことです),これを内部通報制度の保護の範疇に積極的に加えることによって,コンプライアンスの実が上がることも期待できるところです。

 この点,同法によらない通報が法的に保護されるかについては,形式的には継続的契約関係の保護に関する信義則上の判断によることになりそうですが,契約関係の解消が,内部告発を根拠とするものである限り,その実質的な相当性の判断には,内部告発の保護に関する線引きをどのように行うかとの点が考慮されることになりますから,同法導入以前の裁判例を概観することには重要な意味があるといえるでしょう。

 この点,裁判例上は内部告発者に対する解雇・不利益取り扱いの無効等,内部告発者を保護するための論理として,名誉毀損訴訟における,いわゆる真実性の抗弁に類する考え方が応用されているといえます。

 すなわち,名誉毀損行為については,当該行為が,(1)公共の利害に関し,(2)公益目的で行われたものであり,(3)表現内容が真実であること,または真実と考えたことが相当であること(十分な資料根拠に基づくこと),が証明された場合には,例外的に違法性が阻却されます。

 この考え方を,労働法の分野でも参酌し,外部への告発という場面に応じて告発手段の相当性をも加味して,当該告発につき,(a)告発内容の真実性ないし相当性(十分な資料根拠に基づくこと)があること,(b)告発目的が公益目的であること,(c)告発手段の相当性が認められること,を要件にとして,その違法性を阻却するという考え方が採用されてきたといえます((c)においては,内部努力前置を求める考え方も公益通報者保護法施行前は根強かったところでした)。※

 これらの要件を参酌しつつ,同法が保護要件を具体化した経緯に照らせば,同法の保護対象外の場面においても,同法が要求する以上の過剰な要件設定は望ましいとはいえないでしょう。例えば,外部通報の相当性につき,内部努力を必須のものと捉えるべきではないと思われます。

 よって,これらの要件に従った告発を行った下請事業者が継続的契約関係を解除ないし終了させられたという場合には,当該解除等が無効であるとして法的に争える余地も大きいといえるものと思われます。

 このような状況ですから,むしろ下請事業者の告発を否定的・消極的に捉えるのではなく,むしろコンプライアンスの観点から積極活用する方が企業にとって有益であるといえるでしょう。内部通報制度において,下請事業者などの取引事業者を保護の対象とする例も近時は目にするところとなっており,その積極活用の機運が高まりつつあります。

 ただし,その際,外部事業者であれば,社員よりも規範意識が乏しい可能性が高く,社員以上に妨害的な通報の虞も懸念されることから,その取り扱いは慎重を要するところといえるでしょう。安易に調査内容のフィードバックを約するような運用は避けた方がよいと思われる次第です。


※当初は労働組合活動としての文書活動の正当性に関して応用していたところが,内部告発の正当性についても同様に判断されるようになったものといわれます(島田陽一・労働判例840号10頁)。

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内部通報制度(6)~外部相談窓口の守秘性・専門性・中立性と敷居の低さは?

 社内の相談・調査担当部署ばかりでなく,外部相談窓口においても守秘性は重要な要素として要求されます。また,外部相談窓口が通報の受付機関に止まることなく,事実関係の調査についても踏み込んで対応する場合には,事実調査及び法的判断に関する専門性もまた要求されることになるでしょう。
その際,あえて外部相談窓口を設けた趣旨は,会社内部の窓口の場合,社内の人間関係上の情宜や情報漏えいの虞から信頼性が得にくいことが多い現状の下,その弊害を除去して内部通報制度をよりよく機能させるというにあります。この趣旨をよりよく達成するためには,会社と一線を画した中立性が重要なキーワードとなります。

 この点,実務上は会社の経営相談先である顧問弁護士に,そのまま外部通報窓口を委託する例も多く観られますが,仮に会社の違法行為についての外部通報窓口に通報があったとしても,ゆくゆく顧問弁護士として当該通報の取扱いについて経営陣から相談を受ける可能性も否定しきれません。その可能性が現実に推認されるだけに,通報者としても当該外部通報窓口への通報を躊躇する可能性がないとはいえず,そうなると内部通報制度は十分に機能しているとは言い難いことになってしまいます。外部相談窓口の中立性という点では,経営相談先とは別に窓口を設けることが重要な意味を持つといえるでしょう。

 ところで,外部相談窓口の敷居の低さもまた,内部通報を容易にするためには重要です。このためには,通報手段として電話のみならずEメールをも設けて,アクセスの時間的場所的制限を緩和することも重要です。また,違法行為の通報といったギリギリの局面ばかりでなく,相談程度の内容でも迷惑がらずに対応してもらえる窓口でなければ,社員が容易にはアプローチできません。反面,せっかく相談してみても,何ら法的示唆を得られないというのであれば,相談自体無意味となってしまうのです。その意味で外部相談窓口は,単に敷居を低くすればよいというものではなく,専門性を維持しながら敷居を下げることが重要と言えるのです。


弁護士 田島正広  http://www.tajima-law.jp/

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航空自衛隊イラク派遣違憲判決と立憲主義(2)

 先日,航空自衛隊イラク派遣違憲判決について,その要旨をご紹介しました。今日からは,判決に対する感想と日本の安全保障・憲法のあり方についての私見を述べたいと思います。

 まず,この判決は,政府見解や当時の防衛庁長官,内閣法制局長官らの国会答弁を慎重に積み上げて議論を展開しています。イラク特措法において対応措置の実施が許される非戦闘地域について,同法2条3項は,(以下,「 」内は判決を引用)「我が国領域及び現に戦闘行為(国際的な武力紛争の一環として行われる人を殺傷し又は物を破壊する行為)が行われておらず,かつ,そこで実施される活動の期間を通じて戦闘行為が行われることがないと認められる一定の地域(非戦闘地域)」としていますが,「ここにいう『国際的な武力紛争』とは,国又は国に準ずる組織の間において生ずる一国の国内問題にとどまらない武力を用いた争いをいうものであり(平成15年6月26日衆議院特別委員会における石破防衛庁長官の答弁),・・・国内治安問題にとどまるテロ行為,散発的な発砲や小規模な襲撃などのような,組織性,計画性,継続性が明らかでない偶発的なものは,全体として国又は国に準ずる組織の意識に基づいて遂行されているとは認められず,戦闘行為には当たらないこと,国又は国に準ずる組織についての具体例として,フセイン政権の再興を目指し米英軍に抵抗活動を続けるフセイン政権の残党というものがあれば,これに該当することがあるが,フセイン政権の残党であったとしても,日々の生活の糧を得るために略奪行為を行っているようなものはこれに該当しないこと(平成15年7月2日衆議院特別委員会における石破防衛庁長官の答弁)」等の政府答弁を引用しています。
 
 こうして,政府答弁から導かれるイラク特措法上の非戦闘地域の定義とは,国又は国に準ずる組織の間において生ずる一国の国内問題にとどまらない武力を用いた争いが行われておらず,かつ自衛隊の活動期間中そのような行為が行われることがないと認められる地域ということになります。ここまでは政府側でも異論はないと思いますが,議論が分かれるのは,イラク情勢特にバグダッド周辺の情勢に対する認識の点でしょうか。

 この点,フセイン政権の残党,シーア派のマフディ軍,スンニ派の過激派等の各武装勢力が,フセイン政権崩壊後も現在に至るまで多国籍軍との抗戦を継続してきた経緯をもって,この判決は「国に準ずる組織との武力紛争」と評価できると判断しています。その際,石破防衛庁長官(当時)が答弁において,「国又は国に準ずる組織についての具体例として,フセイン政権の再興を目指し米英軍に抵抗活動を続けるフセイン政権の残党というものがあれば,これに該当することがある」と述べた点を,重要な解釈指針の一つとして援用しているところは,あたかも国会で取られた言質を司法の場で突きつけられたかの印象を拭えないところです。

 想像するに,自衛隊イラク派遣を決定した当時は,その後ここまで紛争が長期化し,自爆テロが頻発するような事態は想定されていなかったのかも知れません。もしそうであるならば,現状に照らして,イラクでの活動の方向性を見直すべきとの結論に容易に至るべきように思えます。政府答弁と現状に対する比較的常識的な認識を積み上げた結果として,航空自衛隊のイラクでの後方支援活動がイラク特措法の禁止する戦闘地域での活動であるとの判断は,司法判断の論理過程として決して無理があるようには思えません。

 また,もし,政府が「国に準ずる組織」の概念をさらに限定解釈してこの判決に反論するというのであれば,それは自ら提示した立法事実を翻しての,事実先行での開き直りとも批判されるところとなるでしょう。それは,国会審議の意義を軽視するものと非難されざるを得ず,憲法による国家権力の拘束という立憲主義の重要な契機を踏みにじることにもなるでしょう。政府がこの判決を消極的,批判的に受け止めるのは立場上当然としても,判決の存在そのものを無視して何らの議論も行わないというのであれば,違憲立法審査権を司法に与えた趣旨を無にするものとの非難を受けることになるでしょう。そもそも,技巧的な小手先の解釈論をもって,自衛隊を海外派遣するという基本的なスタンスそのものが破綻しているというしかないのではないでしょうか。
(次回へ)

弁護士 田島正広  http://www.tajima-law.jp/

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航空自衛隊イラク派遣違憲判決と立憲主義(1)

 平成20年4月17日名古屋高裁で,イラク特措法に基づく航空自衛隊の海外派遣に関する興味深い判決が言渡されました。この判決はイラクへの航空自衛隊派遣の差し止め及び慰謝料等を求めた訴訟の控訴審判決であり,原告側全面敗訴の一審判決に対する控訴を一審同様全面的に棄却したものです。ただし,結論的には原告らに平和的生存権や被侵害利益の侵害はなく,本件派遣にかかる防衛大臣の処分の取り消しを求めるにつき法律上の利害関係を有するとはいえず,行政事件における原告適格性がないことなどを理由に控訴を棄却してはいるものの,その判断過程における判決理由中において,航空自衛隊のイラク派遣に伴う後方支援活動の一部を違憲と判断したことから,世間の注目を大いに集めている訳です。

http://www.chunichi.co.jp/s/article/2008041890022855.html
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20080418AT1G1702M17042008.html

そこで,この判決について論評するに当たり,まずは違憲との判断に至った論理過程について,私から見て重要と思われる部分を紹介しましょう(以下,判決より抜粋。なお読みやすくするために,改行や段落番号の削除など,形式面で手を加えてあります)。

***********************************

(中略)
 自衛隊の海外活動に関する憲法9条の政府解釈は,自衛のための必要最小限の武力の行使は許されること(昭和55年12月5日政府答弁書),武力の行使とは,我が国の物的・人的組織体による国際的な武力紛争の一環としての戦闘行為をいうこと(平成3年9月27日衆議院PKO特別理事会提出の政府答弁)を前提とした上で,自衛隊の海外における活動については,

(1) 武力行使目的による「海外派兵」は許されないが,武力行使目的でない「海外派遣」は許されること(昭和55年10月28日政府答弁書),

(2) 他国による武力の行使への参加に至らない協力(輸送,補給,医療等)については,当該他国による武力の行使と一体となるようなものは自らも武力の行使を行ったとの評価を受けるもので憲法上許されないが,一体とならないものは許されること(平成9年2月13日衆議院予算委員会における大森内閣法制局長官の答弁),

(3) 他国による武力行使との一体化の有無は,(ア)戦闘活動が行われているか又は行われようとしている地点と当該行動がなされる場所との地理的関係,(イ)当該行動の具体的内容,(ウ)他国の武力行使の任に当たる者との関係の密接性,(エ)協力しようとする相手の活動の現況,等の諸般の事情を総合的に勘案して,個々的に判断されること(上記大森内閣法制局長官の答弁),
を内容とするものである。

 そして,イラク特措法は,このような政府解釈の下,我が国がイラクにおける人道復興支援活動又は安全確保支援活動(以下「対応措置」という。)を行うこと(1条),対応措置の実施は,武力による威嚇又は武力の行使に当たるものであってはならないこと(2条2項),対応措置については,我が国領域及び現に戦闘行為(国際的な武力紛争の一環として行われる人を殺傷し又は物を破壊する行為)が行われておらず,かつ,そこで実施される活動の期間を通じて戦闘行為が行われることがないと認められる一定の地域(非戦闘地域)において実施すること(2条3項)を規定するものと理解される。

(中略)

 政府においては,ここにいう「国際的な武力紛争」とは,国又は国に準ずる組織の間において生ずる一国の国内問題にとどまらない武力を用いた争いをいうものであり(平成15年6月26日衆議院特別委員会における石破防衛庁長官の答弁),戦闘行為の有無は,当該行為の実態に応じ,国際性,計画性,組織性,継続性などの観点から個別具体的に判断すべきものであること(平成15年7月2日衆議院特別委員会における石破防衛庁長官の答弁),
・・・国内治安問題にとどまるテロ行為,散発的な発砲や小規模な襲撃などのような,組織性,計画性,継続性が明らかでない偶発的なものは,全体として国又は国に準ずる組織の意識に基づいて遂行されているとは認められず,戦闘行為には当たらないこと,国又は国に準ずる組織についての具体例として,フセイン政権の再興を目指し米英軍に抵抗活動を続けるフセイン政権の残党というものがあれば,これに該当することがあるが,フセイン政権の残党であったとしても,日々の生活の糧を得るために略奪行為を行っているようなものはこれに該当しないこと(平成15年7月2日衆議院特別委員会における石破防衛庁長官の答弁),・・・等の見解が示されている。

(中略)

 掃討作戦の標的となったと認められるフセイン政権の残党,シーア派のマフディ軍,スンニ派の過激派等の各武装勢力は,いずれも,単に,散発的な発砲や小規模な襲撃を行うにすぎない集団ではなく,日々の生活の糧を得るために略奪行為を行うような盗賊等の犯罪者集団であるともいえず,その全ての実体は明らかでないものの,海外の諸勢力からもそれぞれ援助を受け,その後ろ盾を得ながら,アメリカ軍の駐留に反対する等の一定の政治的な目的を有していることが認められ,千人,万人単位の人員を擁し,しかもその数は年々増えており,相応の兵力を保持して,組織的かつ計画的に多国籍軍に抗戦し,イラク攻撃開始後5年を経た現在まで,継続してこのような抗戦を続けていると認められる。
・・・以上のとおりであるから,現在のイラクにおいては,多国籍軍と,その実質に即して国に準ずる組織と認められる武装勢力との間で一国国内の治安問題にとどまらない武力を用いた争いが行われており,国際的な武力紛争が行われているものということができる。とりわけ,首都バグダッドは,平成19年に入ってからも,アメリカ軍がシーア派及びスンニ派の両武装勢力を標的に多数回の掃討作戦を展開し,これに武装勢力が相応の兵力をもって対抗し,双方及び一般市民に多数の犠牲者を続出させている地域であるから,まさに国際的な武力紛争の一環として行われる人を殺傷し又は物を破壊する行為が現に行われている地域というべきであって,イラク特措法にいう「戦闘地域」に該当するものと認められる。

(中略)

航空自衛隊の空輸活動は,それが主としてイラク特措法上の安全確保支援活動の名目で行われているものであり,それ自体は武力の行使に該当しないものであるとしても,多国籍軍との密接な連携の下で,多国籍軍と武装勢力との間で戦闘行為がなされている地域と地理的に近接した場所において,対武装勢力の戦闘要員を含むと推認される多国籍軍の武装兵員を定期的かつ確実に輸送しているものであるということができ,現代戦において輸送等の補給活動もまた戦闘行為の重要な要素であるといえることを考慮すれば(甲B161,当審における山田朗証人),多国籍軍の戦闘行為にとって必要不可欠な軍事上の後方支援を行っているものということができる。したがって,このような航空自衛隊の空輸活動のうち,少なくとも多国籍軍の武装兵員をバグダッドに空輸するものについては,前記平成9年2月13日の大森内閣法制局長官の答弁に照らし,他国による武力行使と一体化した行動であって,自らも武力の行使を行ったと評価を受けざるを得ない行動であるということができる。

よって,現在イラクにおいて行われている航空自衛隊の空輸活動は,政府と同じ憲法解釈に立ち,イラク特措法を合憲とした場合であっても,武力行使を禁止したイラク特措法2条2項,活動地域を非戦闘地域に限定した同条3項に違反し,かつ憲法9条1項に違反する活動を含んでいることが認められる。
(以下略)

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この判決に対する私見は,後日こちらで紹介させて頂きます。


弁護士 田島正広  http://www.tajima-law.jp/

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内部通報制度(5)~調査担当部署の調査・判断力は?

(3) 調査担当部署の調査・判断力は?

 調査担当部署の調査体制が人的・組織的に不十分であると,調査が通り一遍の形式的なものに止まらざるを得ず,結局事実関係の究明がなされないことにもなりかねません。事実調査に当たっては,内部通報を受けた後,まず当該通報自体から,およそ信憑性がなく真摯な通報ではないと判断できるような場合を除いては,調査に着手することになりますが,その際,まずは客観的証拠を収集し,通報内容との照合を行う他,関係者からの事情聴取を実施し,最終的に通報対象者本人に事情の確認を求めることになるでしょう。その際,特に通報対象者と通報者の供述内容が著しく矛盾し,客観的証拠との照合についても容易には判然としない場合など,事実認定が困難な場合もないではなく,調査担当部署には相当程度の事実調査能力が求められることになります。

 また,通報対象事実が法的評価を伴う規範的事実(例えば,借地借家法上の賃貸人側からの解約申入れにおける「正当事由」)を含む場合には,当該法的評価に関する判断力も必要です。例えば,上記の「正当事由」に関していうと,不動産管理会社において,ある社員が正当理由なき期間満了時の立ち退きを強行しているとの内部通報がなされた場合,当該解約告知に「正当事由」が存しない場合なのかどうかの法的判断抜きには,通報対象事実の存否は確定できない訳です。ここでは,調査担当部署の法的判断力が問われることになります。

 これらの調査が十分に機能しないと,せっかくの内部通報にも対応しきれないこととなり,自浄作用を発揮する機会をみすみす失い,結果的に外部への内部告発に発展してしまうことが懸念されます。反面,十分な調査能力もないのに,通報を安易に真に受けることになると,時に起こりうる虚偽内容の通報による誤った裁定の結果,無実の社員を懲戒解雇するような事態に至ることになれば,重大な労働紛争を引き起こすことにもなりかねません。

 このように調査担当部署の日頃からの人的・組織的体制の整備は,内部通報制度を機能させる上で,非常に重要なウェイトを持つところといえます。その際,調査・判断力向上に向けた社内研修の継続的実施がキーポイントになることは,言わずもがなと言うべきでしょう。

弁護士 田島正広  http://www.tajima-law.jp/

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内部通報制度(4)~秘密保持による通報者保護は?

(2) 秘密保持による通報者保護は?

 会社の自浄作用を期待して,意識の高い社員が会社に対する内部通報に及んだとしても,通報の取り扱いやその後の調査の際に,通報の事実や通報者に関する情報が社内的に漏えいしてしまうと,それ自体気持ちのよいものではないですし,有形無形の嫌がらせや圧力,不利益処分のきっかけともなりかねません。そもそも,内部通報制度については,そのコンプライアンス上の意義を理解しつつも,役職員への裏切り行為というレッテル貼りを受けるリスクを懸念する声は未だに根強く,上記のような情報漏えいが起こるとなると,それを嫌って通報自体を忌避することも予想され,そうなれば,内部通報制度それ自体の機能不全に陥ることは必至です。

 従って,内部通報相談窓口部門における情報管理の徹底は極めて重要であり,担当者に対する守秘義務の誓約は重要な意味を持つといえます。情報管理という意味では,相談窓口担当者ばかりでなく,相談者,関係者(調査対象者),通報対象者に対しても秘密保持を求めることが重要であり,特に通報対象者については,調査期間中の自宅待機と会社関係者への接触禁止も含めた情報管理が望まれるところです。
また,万が一通報関連資料が社内的に散逸する事態に備えて,当初相談受付管理部門において,通報者名・所属をコード化して管理し,以後の社内文書上は通報者名等が記載されないよう工夫することが望ましいでしょう。さらに報告文書への記載の際,ある程度具体的記載は必要であるものの,文面上から通報者が特定されないよう配慮することも重要です。

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内部通報制度(3)~制度が機能しない理由(1)

3 内部通報制度が機能しない理由

 内部通報制度が果たすべき役割と機能の重要性については,昨日までにご紹介しましたが,今日からは,せっかく制度を導入しながらそれが十分機能していない諸事例などを念頭において,内部通報制度を機能させるためのコツをご紹介したいと思います。

(1) コンプライアンス確立への本気度は?

 公益通報者保護法制定に先だって,早くから内部通報制度を積極導入した会社においては,比較的コンプライアンス確立に向けた経営トップの本気度が顕著に感じられましたが,そうした会社はそれほど多数派ではありません。むしろ,同法が制定されたことや,上場企業においてコンプライアンスの確立が強く求められていること,さらには,同業ライバル会社が導入していることなどの消極的な動機から,同制度の導入に至った企業も多く見られます。

 こうした消極姿勢の会社においては,えてして内部通報制度を「遵法らしさの隠れ蓑」にしてしまいがちです。内部通報制度があることそれ自体をもって,コンプライアンスの要請には対応したものとして対外的な宣伝に走る一方で,対内的には内部通報制度が機能しているかどうかの検証を行うこともなく,社内研修や社内告知も不十分なままに制度の積極的運用が放置されているケースも多く散見されます。こうしたケースでは,結果的に社員からの内部通報がほとんど行われないことが多いのですが,これでは,いざというときに同制度が機能することは全く期待できず,その制度趣旨からして本末転倒の結果と言わざるを得ないでしょう。

 ここでは,まず出発点として,経営トップによるコンプライアンス確立への本気の取組が不可欠であることを指摘しておきたいと思います。


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内部通報制度(2)~内部通報制度の位置付け

2 内部通報制度の位置付け

 低成長時代の株主保護・投資誘因の必要性がもたらすグローバルスタンダードでの企業統治の要請,そして企業の社会的責任の意識の浸透と消費者の権利意識の高まり等の諸要因は,コンプライアンスを強く要請しています。法令違反行為が外部告発によって発覚する場合,強い社会的批判にさらされ,企業への不買運動にも発展するところとなっており,自社内部における法令違反行為の早期発見と自浄作用を機能させることが重要となっています。この観点から注目されるのが内部通報制度です。各企業における名称は,企業倫理ホットライン,企業倫理ヘルプライン等様々ですが,その趣旨としては,法令違反行為への内部的対処のために,内部での通報手段を準備し,内部調査に基づき法令違反行為の是正を図るものです。

 この点,内部通報の保護に関連する法令としては,平成18年4月施行された公益通報者保護法があります。同法は,公益通報を行った労働者に対する解雇,不利益取扱い等を禁止し,その効力を無効ならしめることで,公益通報者を保護し,社会経済の健全な発展を企図するものです。従って,この法律は,むしろ労働者の保護にウェイトを置き,通報の最低限の保護ラインを表しているものといえます。これに対し,内部通報制度は,通報をもってコンプライアンス維持,確立のための手段と捉え,これを積極的に運用するものといえるでしょう。企業がコンプライアンスに本気で取り組むためには,公益通報者保護法の定める最低基準を維持するばかりでは消極的というほかなく,むしろ積極的に内部通報制度の運用・改善に取り組むことが重要といえる訳です。

 近時,いわゆるJ-SOX(金融商品取引法)による財務分野での内部統制評価監査制度や,会社法上の内部統制システムの導入が行われているところですが,これらとの関連でも内部通報制度は重要な意義を有します。まず,金融商品取引法が念頭に置く内部統制とは,(1)企業経営の目的達成に向け,(2)そのための合理的な保証を得るために,(3)社内に構築する体制・プロセスをいい,その目的については,次の4点が挙げられています。すなわち,(a)業務の有効性及び効率性,(b)財務報告の信頼性,(c)事業活動に関わる法令等の遵守,(d)資産の保全の4つが挙げられます(「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準のあり方について」)。(c)は,事業活動に関わる法令その他の規範の遵守を促進することを求めており,そのものズバリ,コンプライアンス体制の確立を求めるものです。この点は,会社法上も362条4項6号,施行規則100条において,使用人の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制(同条1項4号),当該株式会社並びにその親会社及び子会社から成る企業集団における業務の適正を確保するための体制(同条1項5号)の整備が求められ,コンプライアンスの確立が不可欠となります。 
 
 ところで,特に財務に関する内部統制環境においては業務執行部門におけるコントロールとモニタリングの視点に力点が置かれるところですが(「リスク新時代の内部統制~リスクマネジメントと一体となって機能する内部統制の指針」等),業務執行のラインにおけるモニタリングは,不正を暴くべき担当部署との連携が不十分であったり,経理担当者による不正が介在する場合には,十分な機能を果たせない場合がありうるところです。こうした場面では,搦め手からのモニタリング手段としての内部通報制度が重要な意義を果たすことになります。こうして見てくると,内部統制とコンプライアンス,そして内部通報制度という,一見すると直接の関連のないように見える諸制度が,実は緊密に絡み合って企業のゴーイング・コンサーンのために重要な意義を有していることがご理解頂けることと思います。


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内部通報制度(1)~コンプライアンスの意義と重要性

1 コンプライアンスの意義と重要性
 
 企業法務の現場において,コンプライアンスが最大限その重要性を増していることは今日当然に指摘されているところです。数十年も昔の高度成長期においては,終身雇用制の下で組織防衛が優先された一方,消費者側の権利意識も保護の程度も低く,企業の公益・社会的責任への意識も高くはありませんでした。従って,企業不祥事を隠蔽したときにそれが発覚するリスクはそれ程高くはなく,また,発覚したときに企業が受けるダメージもまたそれ程大きくはありませんでした。そのため企業不祥事は隠蔽して裏で個別解決を図るというのが,リスク・コントロール上も合理的だったのでしょう。

 しかし,バブル経済の破綻を経てヒト,モノ,カネ,そして情報が世界的規模で動くグローバル経済の時代を迎え,状況は大きく変化しました。終身雇用を前提に勤務する社員はもはやそれ程の比率ではなく,能力のある社員はキャリアアップを積極的に考える時代となりました。そこでは,社員が企業の不祥事隠蔽に加担して,組織防衛のために詰め腹を切らされるようなことを承服せず,むしろ自身のキャリアを守るためにも企業にコンプライアンスを求めるところとなります。また,企業への投資を誘因するためには,企業が社会の構成員として公益や社会的責任を積極的に果たしていく姿勢を顕著に示すことが重要な意味を持つようになり,ゴーイングコンサーンを維持していくためにも,企業は株主その他のステークホルダーからコンプライアンスを強く求められるようになりました。さらには,消費者の権利意識の高まりとその保護法制のさらなる充実もあって,いったん企業不祥事の隠蔽工作が発覚したとき不買運動を始めとする消費者の反発によって企業側が受けるダメージは,従前のそれに比べれば計り知れないほど大きくなっています。このような時代背景の下,企業経営においてコンプライアンスが最重要課題として認識されるようになったのです。

 従って,ここでいうコンプライアンスが,単なる法令遵守に留まるのでは上記のような要請に十分に応えたものとはいえない訳です。すなわち,法令による規制を受けていない領域といえども,企業倫理に違反する虞のある行為については,企業はそれを自粛すべきという意味で,企業倫理遵守をも視野に入れたものでなくてはならないといえるでしょう。


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ネット上の名誉毀損と表現の自由(2)~判決の論理過程について

昨日採り上げた東京地判平成20年2月29日ですが,判決の論理過程に関する考察について,若干の補足をしたいと思います。

同判決は,「故意」を阻却して被告人を無罪としました。すなわち,被告人において相当性の証明が成功していないことを認定しながら,被害者側の誘発的言動とネット上の表現行為の特性故に調査義務の程度を軽減して「故意」を阻却しました。この論理には私は疑問を持っていることは,昨日記載した通りです。

判示によれば,相当性の証明よりもハードルの低い調査義務をクリアすればよいこととされています。議論の出発点が真実性の証明の規定(刑法第230条の2)にあることは確かなようですから,果たして相当性の証明よりも調査義務を軽減する論理展開があり得るのかを,まずは相当性の証明の法的位置付けに遡って考えてみたいと思います。

この点,真実性の錯誤の場面(真実性の証明ができると思っていたが,結果的にできなかったという場面)における相当性の証明(確実な資料・根拠を入手した結果として,虚偽の内容の表現行為を行ったという証明)をもって,どのように法的に位置づけるかについては諸説が入り乱れておりますが,近時の有力説としては概ね次のようなものがあります。すなわち,

(1) 確実な資料・根拠に基づく言論は刑法35条にいう正当行為として違法性を阻却するとし,刑法第230条の2の規定は相当な根拠に基づかない言論であっても真実性の立証に成功した場合には処罰を阻却する趣旨と解する見解(処罰阻却事由説+正当行為説)

(2) 事実が証明可能な程度に真実であったことが違法性阻却事由であるとし,証明可能な程度の資料・根拠をもって真実と誤信したときは,違法性阻却事由に関する前提事実に関する錯誤として故意を阻却するとする見解(違法性阻却事由説+違法性の錯誤)

(3) 摘示した事実が真実であったことが違法性を阻却するものとし,刑法第230条の2は,軽率に事実を真実と誤信した行為者の過失名誉毀損をも処罰するための特則と位置付ける見解(違法性阻却事由説+過失犯説)

などの見解が挙げられます(西田典之教授著「刑法各論」(弘文堂)P110~2参照)。

本件では,被害者側の誘発的言動とネット上の表現行為の特性を根拠に行為者側の調査義務を軽減する訳ですが,上記見解のうち(2)説では,事実それ自体の真実性を正面から考察することになるため,被害者側の事情を考慮して調査義務のバランスを取ることにやや無理があるように思います。事実が証明可能な程度に真実かどうかは,一定レベルの真実性のハードルとして存在するはずですで,被害者側の事情や行為の場面によりハードルを上下させることは難しいと思われる訳です。

これに対して,(1)説では,正当行為性の問題として考察することから,目的の正当性,手段の相当性,行為の場面や特徴,被害者側の事情,加害者側の事情等を総合衡量することになじみやすいでしょう。同様のことは(3)説でもいえます。同説では,名誉毀損の度合い,行為者の職業や能力に応じて一定の情報収集義務が課されていると解されており(西田教授前掲P112),被害者側の事情や表現行為の場面によって加害者側の調査義務のバランスを取ることが比較的容易なように思えます。

ただ,(1)説又は(3)説のいずれの立場によるにせよ,一定の調査を尽くしたことを理由に阻却されるものは「故意」ではないことは間違いありません。なぜなら,(1)説では,正当行為として違法性が阻却されることになりますし,他方(3)説では,調査義務を尽くしたことをもって過失なしとする結論,すなわち,過失犯における構成要件該当性あるいは責任過失を阻却することになるものと思われるからです。

これらの点で,上記判決が「故意」を阻却した点の論理過程には疑問を呈さざるを得ません。判示のような「故意」阻却は,解釈の限界を超えた立法と呼ぶべきものではないかと思う次第です。


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ネット上の名誉毀損と表現の自由(1)~ある裁判例の問題提起

1 ある裁判例の問題提起

 平成20年2月29日東京地方裁判所において,ネット上の名誉毀損に関する新たな判断基準を伴う判決が言い渡されました。この事案は,刑事事件であり,ラーメンチェーン運営会社に対する名誉毀損罪の成否が問われた事件です。裁判所は故意がないことを理由に被告人を無罪とする判決を言い渡しました(その後,検察側が控訴)。

 ここでは,表現行為が名誉毀損行為であることを認め,かつ真実性・相当性の証明のいずれにも成功していないことを認定しながら,(1)被害者側に誘発的な言動があったことから,ネットの利用環境と能力がある限り被害者側に反論を要求してもよいこと,並びに,(2)個人利用者のネット上の発信情報の信用性の低さを理由に,「加害者が,摘示した事実が真実でないことを知りながら発信したか,あるいは,ネットの個人利用者に対して要求される水準を満たす調査を行わず真実かどうか確かめないで発信したといえるときにはじめて同罪に問擬するのが相当」と結論づけて,被告人の故意を阻却しています。

※事件の詳細は,弁護人を務められた弁護士紀藤正樹先生のブログとそこからのリンクをご参照下さい。
→ http://kito.cocolog-nifty.com/topnews/2008/02/post_d3c4.html

※真実性・相当性の証明
 刑法上は,表現行為が他人の名誉を毀損する場合であっても,(1)公共の利害に関し,(2)公益目的で,(3)真実を語ったことを立証できた場合には,犯罪が成立しないものとされています(真実性の証明,同法第230条の2)。これを前提に,判例上,真実であることが立証できずとも,表現行為が(3)’確実な資料・根拠に基づくものであることを立証できた場合には,故意がないものとして名誉毀損罪は成立しないものとされています(最大判昭和44年6月25日,相当性の証明)。
 この考え方は民事上も採用され,上記各要件を立証できた場合には,不法行為が成立しないものとされています(真実性・相当性の抗弁)。


2 裁判例の問題点

 なるほど,真実性の証明・相当性の証明という法理論が,どこまでネット上の表現行為の特性に対応しているかについては議論の余地がないではなく,これまでもその硬直性が指摘されてきたところでもあり,先験的に従前の判例理論の枠内だけで議論をすべきとまでは言えないでしょう。

 しかしながら,誘発的言動があれば被害者に反論を要求できるというのであれば,確実な資料・根拠のレベルに至らない程度の「怪しさ」や「疑問」をもって行われる表現行為までが,被害者の名誉を毀損しても表現行為として保障されることになりかねません。ネット上の表現行為は信頼に値しないとの理由で,そのような乱暴な表現も許されるというのであれば,それはネット上の表現の自由の保障を拡大するというよりも,むしろネット上を無法地帯ならしめるものでしかないというべきです。

 また,同判決が犯罪の成立を阻却する根拠も甚だ不明瞭です。解釈上相当性の証明の理論が登場したのは,刑法の明文規定である真実性の証明の規定(刑法第230条の2)をベースとしつつ,真実であると立証できなかった場合でも,それに準じる程度に確実な資料・根拠に基づいていた場合には,加害者には真実性の証明が可能との認識があり,名誉毀損行為の認識はあっても犯罪成立の認識がなかったことに由来します。

 これに対して,本判決は,確実な資料・根拠がなく,不十分な根拠に基づいて勝手に真実と誤審していても,故意がないといいます。このような論理が許されるのであれば,それは真実性の証明のレベルから甚だしく乖離した「相当性」(正確には相当性の証明にいう相当性とは別の概念か?)を許容することになりますが,それは真実性の証明の規定を根拠とした解釈論として限界を超えるものではないでしょうか。すなわち,それはもはや立法論の域に達していると評すべきものではないでしょうか。

 このような点から,私は,この判決が示した論理には疑問を感じずにはいられません。確かに,ネット上の表現行為を萎縮させないための配慮は必要でしょう。しかし,表現行為についての責任追及を確実ならしめる配慮を同時に進めることなく,表現行為の責任を軽減する解釈ばかりを先行して導入することは,まさにネット上の名誉毀損の被害を拡大するものでしかないというべきではないでしょうか。その意味で,総合的な施策の導入の中での立法的解決が強く望まれる分野と思っています。


3 雑感

 最後に,本判決を観る限りで申し上げれば,刑事法の謙抑性に照らして,そもそも名誉毀損罪で起訴すべき事案だったのかどうかの点で,疑問を感じないではありません。判決のやや無理な論理も,結果を先取りして無罪とするために工夫された手法のように思えてならないところです。


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